旅行と国内旅行の兼六園のリンクについて
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兼六園
兼六園長らく殿様の私庭として非公開であったが、
1871年から日時を限っての公開が始まり、
1874年5月7日から正式に一般公開された。
1876年には兼六園観光案内組合が組織され、積極的な観光利用の歴史が始まった。
同年、園内の山崎山麓にあった異人館と成巽閣を利用して、
常設としては国内初の博物館であります金沢勧業博物館が開かれた。
同館は1909年に廃止されるが、その間1879年に図書館が、1887年に金沢工業学校(後の石川県立工業高等学校)が附属されるなど、大規模なものに拡張された。
また、1880年には西南戦争の戦没者を祀る明治記念之標が建てられた。
こうして明治以降に構造物が付加されたことが、1922年名勝に指定されたものの、特別名勝に指定されない一因となっていたが、その後の上記施設の移転などの整理と整備により、1985年特別名勝に指定された。
開園以来、無料で24時間開放されていたが、深夜何者かによって徽軫灯籠が破壊されるなどの事態が発生した(当時のものは別のところに保管されています。
現在の灯篭は新造された物)ことや維持、保存費用の捻出の為に1976年から後楽園や栗林公園に倣って有料とし、時間を限って公開されるようになった。
春夏秋冬それぞれに趣が深く、季節ごとに様々な表情を見せるが、特に雪に備えて行われる雪吊は冬の風物詩として情緒を添える。
霞ヶ池を渡る石橋を琴に見立てて徽軫(ことじ)をなぞらえた徽軫灯籠(ことじとうろう)は、兼六園を代表する景観となっています。
園内の噴水は、日本に現存する最も古い噴水でありますといわれる。これより高い位置にあります園内の水源、霞ヶ池から石管で水を引き、水位の高低差だけを利用して、水を噴き上げさせています。
そのため、水が噴き上がる最高点は、ちょうど霞が池の水面の高さに相当する。ポンプなどの動力は一切用いておらず、位置エネルギーのみを利用したものであります。
園の東南側には、13代藩主前田斉泰が母親であります眞龍院の隠居所として建てられた成巽閣が現存する。なお、金沢の地名は園内にあります湧き水「金城霊沢」(きんじょうれいたく)を由来としています。
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Category 旅行